■ 県内の震災後の主な経緯 ■ 2011年3月11日 東日本大震災発生。 (最大震度6強の揺れを観測) 大津波警報発表。 (海岸地域に高さ10m超の大津波が到達) 東京電力福島第一原子力発電所 1〜3号機自動停止・電源喪失。 (半径3km圏内に避難指示、 〜10km圏内に屋内退避) 2011年3月12日 1号機で水素爆発。 (半径20km圏内に避難指示) 2011年3月14日 3号機で水素爆発。 2011年3月15日 2号機で白煙確認。 4号機で火災発生。 (半径30km圏内に屋内退避指示) 2011年4月11日 震度6強の地震発生。 津波注意報発表。 2011年4月12日 震度6弱の地震発生。 2011年7月31日 震度5強の地震発生。 2011年9月29日 震度5強の地震発生。 |
■ 被害状況 ■ 人的被害 死者: 1,997人 行方不明者: 53人 重傷者: 20人 軽傷者: 162人 住家被害 全壊: 20,160棟 半壊: 65,412棟 一部破損: 148,229棟 床上浸水: 1,053棟 床下浸水: 340棟 その他の建物被害 公共建物: 1,116棟 その他: 24,806棟 ■ 避難状況 ■ 避難指示、勧告及び自主避難 計 30,782人 【参考】避難所等入所者数(2月23日調べ) ・県外 62,674人 |
![]() 避難先で、り災証明書を発行 |
![]() 避難先で行われた避難区域の選挙 |
![]() 写真左側が太平洋です。 |
![]() 陸地に向かって… |
![]() 180度、土台しか残っていません。 |
〜 津波地域の現状(2012年3月14日現在) 〜 ご報告が遅れました。沿岸地域に出向いてきました。 ここは海を見ながら食事ができるカフェや旅館などが並んでいたのどかな町でした。 夏になると県内外から海水浴客が多く訪れ、 砂浜には海の家がずらりと並ぶ風景がごく当たり前にありました。 震災から1年を過ぎ、津波にあった地域はきれいに片づけられていました。 が、震災直後は、8m位の高さの津波に流されて傾いた家、おもちゃのように散乱する車、 バラバラになった木片やコンクリート片の山に覆われている状態でした。 (Youtubeの動画や個人が撮影した写真などがネット上にたくさんあります) 道路標識は、今でも根元から曲がっているところもあります。 その後、ボランティアの方々が県内外から集まってくださり、 人の手がここまでの姿に戻してくれました。 (この1年の福島県全体のボランティア活動者数は 146,234人 とのことです) 原発事故で揺れる中、助けてくださった皆さん、 本当にありがとうございました! 実際車で走ってみると、目印になる建物が消えてしまっているため、 今までどこをどう曲がって進んでいたのかわからなくなります。 ここに何があったのか、記憶をたどりながら進んでいる状態でした。 それでも津波に遭った地域のコンビニは元気に営業を再開し、 かろうじて免れた近隣住宅は修繕が進んでいました。 津波に遭った中学校は今も近隣の中学校に間借りする形で授業が行われ、 卒業生は1年ぶりに母校に足を踏み入れることができたそうです。 津波地域は今、高台移転などの生活基盤再建に向けた動きが進んでいます。 〜2012年3月17日〜 |